2025年の東大理系数学に問題が話題になっていたので、少し問題を見てみました。今回は理系第2問について解説したいと思います。この問題は、河合塾や駿台などの講評で「やや難」などと評されていますが、大学数学的な視点になじんでいれば、きわめて見通し良く解くことができると思います。入試問題を作問しているのは、普段大学数学をやっている教員ですから、今回はそのような「作問側の視点(?)」(私は大学の教員ではありませんが、研究者側の視点として)を共有したいと思います。
まず、問題は以下の通りです。
第2問
(1) $x>0$の時,不等式$logx\leq x-1$を示せ。
(2) 次の極限を求めよ。$$\lim_{n\to \infty}n\int_1^2\log\left(\frac{1+x^{\frac{1}{n}}}{2}\right)dx$$
このように積分の極限を求める問題は、解析学、確率論の分野では良く出てきます。そのような時、Lebesgue収束定理などの便利な定理を使うにしても、まずは被積分関数の評価を行う必要があります。そこでまず、積分の中身がどのような挙動をするかを考えてみます。
$\log$の中身は、$\displaystyle \frac{1+1^{\frac{1}{n}}}{2}=1$から$\displaystyle \frac{1+2^{\frac{1}{n}}}{2}$まで動くわけですが、今$n\to \infty$の極限を考えているので、$n$がとても大きい場合を考えます。そうすると、$\frac{1}{n}$はとても小さいことになりますので、$$\frac{1+2^{\frac{1}{n}}}{2}\approx \frac{1+2^{0}}{2}=1$$です。つまり、$\log$の中身はほぼ1の近傍しか動かないわけです。
この時点で、$x$が小さいときに有効な近似$$\log(1+x)\approx x~~~\cdots(\star)$$を利用して$\log$の部分を近似してよさそうという見通しが立ちます。実際にこれを使って、答えのあたりをつけてみましょう。
そのために、少し問題の形を書き換えておきます。まず$\log$の中身が1の近傍を動くことを反映させるため、$\log$の部分を次のように書いておきます。$$\log\left(\frac{1+x^{\frac{1}{n}}}{2}\right)=\log\left(1+\frac{x^{\frac{1}{n}}-1}{2}\right)$$
また今回の場合、上で言った通り「$n$が大きい」ことよりも「$\frac{1}{n}$が小さい」ことのほうが重要ですので、$\varepsilon=\frac{1}{n}$と置いて、$\varepsilon$を主役にします。
すると問題は次のようになります。$$\lim_{\varepsilon\to 0}\frac{1}{\varepsilon}\int_1^2\log\left(1+\frac{x^{\varepsilon}-1}{2}\right)dx$$
(作問の際には、最初にこのような問題を考えていて、最終的に問題文のような形に書き換えた可能性もあるのではないかと思います。)
さて、$(\star)$の式で$x$に相当する部分は、$$h_\varepsilon(x)=\frac{x^{\varepsilon}-1}{2}$$となります。先ほど議論したように、$\log$の中身は1の近傍を動きますので、$h_\varepsilon(x)$はとても小さい数になります。なので、$(\star)$の近似が適用でき、
\begin{align*}&\frac{1}{\varepsilon}\int_1^2\log\left(1+h_\varepsilon(x)\right)dx\\\approx &\frac{1}{\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)dx\\=&\frac{1}{2\varepsilon}\left[\frac{x^{\varepsilon+1}}{\varepsilon+1}-x\right]_1^2=\frac{2^{\varepsilon+1}-\varepsilon-2}{2\varepsilon(\varepsilon+1)}\\ =&\frac{1}{\varepsilon+1}\left(\frac{2^\varepsilon -1}{\epsilon}-\frac{1}{2}\right)\to \log2-\frac{1}{2}~~(\varepsilon \to 0)~~\cdots(\star\star)\end{align*}
と答えの見当がつきます。
あとは、$(\star)$の近似の部分を正当化すればよいわけですが、$\log(1+x)$のTaylor展開を考えれば、$x>0$に対して、$$x-\frac{1}{2}x^2 \leq \log(1+x)\leq x$$
という不等式がすぐに思いつきます。この右側部分が(1)のヒントとして与えられています。
この不等式を使うと、$\lim$の中身は、$$\frac{1}{\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)dx -\frac{1}{2\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)^2dx\leq \frac{1}{\varepsilon}\int_1^2\log\left(1+h_\varepsilon(x)\right)dx \leq \frac{1}{\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)dx$$
と評価することができます。
この左辺第1項と右辺に出てきている$\displaystyle \frac{1}{\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)dx$の極限は、$(\star\star)$の計算で$\log2-\frac{1}{2}$に収束することが言えていますので、あとは左辺第2項
$$\frac{1}{2\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)^2dx~~\cdots(*)$$
が0に収束することを示せれば、挟み撃ちの原理から(中辺)$\to \log2-\frac{1}{2}$が言えるわけです。
ここで、先ほども述べたように「$h_\varepsilon(x)$がとても小さい数」であったことを思い出すと、収束する$\displaystyle \frac{1}{\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)dx$に対して、$(*)$は$h_\varepsilon(x)$がさらに1個多くかかっていますので、これが0に収束することはすぐに見通せます。実際、$h_\varepsilon(x)$が単調増加であることに注意すれば、次のような評価が得られます。
\begin{align*}0\leq \frac{1}{2\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)^2dx &\leq \frac{1}{2\varepsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)h_\varepsilon(2)dx\\ &=\frac{h_\varepsilon(2)}{2}\times \frac{1}{\epsilon}\int_1^2h_\varepsilon(x)dx\to 0~~(\varepsilon \to 0) \end{align*}
ここで、$h_\varepsilon(2) \to 0$となることと、$(\star\star)$の結果を利用しています。
以上により、示したい結果が得られたわけです。
以上の議論を振り返ると、
「$\displaystyle \varepsilon=\frac{1}{n}$や$\displaystyle h_\varepsilon(x)=\frac{x^{\varepsilon}-1}{2}$は小さい値である」といった変数のオーダー感
があれば、非常に見通しが立てやすい問題であったといえます。この解説では、これらの点を可視化するために、$\varepsilon$や$h_\varepsilon(x)$といった記号で置いて議論しました。
このようなことに注意しながら議論を進めていくことは、大学に入って以降非常に重要になりますので、その意味で本問はとても良い問題だったと思います。また、最後に出てきた不等式評価も、大学数学では(特に確率論分野では)良く使いますので、頭にとどめておいてもらえばと思います。
他にも解説してほしい問題の要望などあれば、解説したいと思います。