3月10日、啓蟄を5日ばかり過ぎた日の朝のこと。外に出てみれば3月だというのに雪が降っていた。
その日は午前中雨の予報だった。外出前に雨雲レーダーを確認したところ、かなり色濃い雨雲が通過中だったので大雨を予想していたのだが、実際には土砂降りならぬ、ドカ雪…大雪であった。
南関東の雪は、湿っていて重い。大きな雪片がはらはらと降り、遠目からだと美しく見えるが、いざ傘を差して歩こうとすると綿のような雪がふわっと傘をすり抜け、衣に降りかかる。大雪ともなれば、傘はもはや意味を成さない。
―このような雪を「綿雪」や「牡丹雪」などと呼ぶらしい。
雪は儚い。とりわけ、滅多に降雪のない地域に降る雪がそうだ。
2月初めに降ったとき、翌朝の白銀の世界があまりにも美しくて、積雪のなか近隣を散歩したものだ。見慣れたはずの景色がどこもかしこも別世界になっており、その非日常さに胸の高鳴りを抑えることができず、記録する道具も持たずに家を飛び出してひたすら歩き回った。
特に、近くにある神社。
まるで人里離れたところにぽつんとあるような静謐な空間、神秘的な光景が目の前に広がっていた。当時、撮影媒体を持ち歩かなかったことをどれほど後悔したことか。
その時にしか存在しない雪景を目に焼き付け、その場を後にしたのだが、再び雪が降ろうとは…。

またとない機会を逃すわけにはいくまいと、大雪の中、雪に濡れるのも構わず神社へ足を運んだ。
その日は結局午前のひと時しか降らなかったので、以前のような雪降り積もる光景とはならなかったが、それでも綿雪が降りしきる神社は風情があり、とても心に沁み入った。
儚いからこそ、描きたくなる。
新しき 年の初めの 初春の
今日降る雪の いやしけ吉事 ― 大伴家持 ―