4月12日、Live Viewing にて、羽生結弦さんのアイスショー “REALIVE” を鑑賞してきた。とても心を動かされたため、是非ともその当時抱いた思いを共有すべく、感想を綴ろうと思う。
きっかけは鑑賞2日前にたまたま目にした、Instagram の本アイスショー開催の投稿だ。実はそれ以前、3月にテレビで放送された “notte stellata 2026″(ノッテステラータ)で初めて羽生さんのアイスショーを目にし、その際に強く感銘を受けたこともあり、全国の映画館にてライブで放映してくれるならこれは絶対に観に行ったほうがよいと思ったのだ。気が付いたら即決でチケットを購入しており、そのまま勢いで当日鑑賞しに行った(というくらいには、割とにわかに近いのです)。
・・・以下、”REALIVE” の感想となります・・・
非常に良かった。すごく感動したし、希望を、そして勇気をもらった。
今回は、その名の通り、事前にどんなプログラム(演目)が披露されるのか知らされていなかったため、次に何が来るのか分からず、常にワクワク・ドキドキといった期待と緊張を感じながら鑑賞した。
今まで幾度となく羽生さんのスケーティングには心打たれてきたけれど、今回のアイスショーは別格だった。オリンピックや競技としてのスケートしか知らなかった自分にとって、アイスショーはこんなにも美しく、感動する芸術なのだと気付かされた。
…などと普段より語彙力が低くなっていますが、鑑賞後の興奮冷めやらぬ間に書きたかったので大目に読んでいただけたら幸いです。
”notte stellata2026″ のときもそう思ったのだけど、羽生さんのアイスショーってその主題は「生きる(生きろ)」なのだな、とつくづく思う。4番目の演目前だったかな、2000年代初期の昔のポケモンゲームみたいなポップな映像のもと、敵を倒していくストーリーが展開されていく場面に上記主題が出てくるのだけど、そこでのメッセージからの、演目(『鶏と蛇と豚』)へと繋がる構成には、鳥肌がブワッと立ちました。
「生きろ」(そなたは美しい)というメッセージは、普通は簡単には口に出せないものだ。
目の前で苦しんでいる人がいるとして、そのメッセージを伝えたとしても、きっと空虚なものになってしまう気がする。しかし、羽生さんは違う。大震災で多くのかけがえのない命が失われてしまった事実を肌身に感じてきた方だから、背負ってきたものが異なるし、言葉の重みも違う。
般若心経のお経から始まる音楽…これに、先述のメッセージが重なることで、より一層「生」のテーマを感じられたように思う。そして赤い衣装に身を包み、楽曲に合わせて胸の奥にある深い思いを身体全体で表現して滑る姿に強く心を動かされた。
その後の演目(5曲目)の『あの夏へ』も同様に感動した。浄化された、という表現のほうが近いかもしれない。こちらはさっきの演目とは打って変わり、あの世を彷彿とさせる白衣(はくえ)のような衣装を身にまとい、まるで4曲目と5曲目で「生」と「死」を想像させる世界観のように感じられた。
第一部最後の金色と茶色の中間色みたいな衣装の演目は、大地や地球の壮大さを表現したような世界観で美しかった。そしてそのままオリンピックでも滑った演目『SEIMEI』に繋がったときは、再び鳥肌ものだった。スピンをするとひらひらとした衣装がより一層幽玄さを醸し出し、その美しさに目を奪われた。
刺激的な映像とミュージックでスタートした序盤から、大地を感じさせる力強くも美しい演目で結ぶ第一部のみでもう十分感動したのだが、第二部は予想をはるかに上回るものだった。
『プリ(Pre)~』(タイトル名が吹き飛んでしまいましたが、次回作『White』の前日譚となる作品です)という演目は、本当に素晴らしかった。映画を一本観たかのような見応えのある作品で、終始圧巻だった。鑑賞当時も、そして書き起こしているこの時も、映像と音楽と羽生さんの姿を思い出すだけで自然と泣けてくる…。
特に暗闇の中、白い雪が羽生さんに舞い落ちるシーンなんて、これは本当にライブなのか?映画に間違いないよね?と錯覚するほどだった。いや、もうね、あの世界観を羽生さん一人が演じているなんてほんと信じられない、衝撃そのもの。スケートって映画になるんだと実感しました。しかも、あの世界観(物語)を羽生さんが作ったという事実にも驚かされた。もう作家デビューできますよ、冗談ではなく。
もちろん、映像、それに音楽と沢山の方々が携わり、そこに羽生さんの物語と表現が加わることであのような世界が出来上がっているから、作品を生み出してくれた全ての人に対して素晴らしいと思っているし尊敬もしています。でも、羽生さん無しには決して生まれることのなかった作品だから、尚更羽生さんの偉大さには脱帽せざるを得ないです。
少し話は変わりますが、第二部の羽生さん、可愛かった……年上の方に対してこの表現が失礼なのは百も承知だけど、映像の中の可愛らしいキャラクターと相まって、トコトコとまるで子どものように氷上を駆けるシーンについては、「可愛い」以外の表現が見つからない。一方、白い布を持って滑るシーンは神秘そのもの、マゼンタの場面にて四角い枠の中で表現するシーンは格好良くもあり美しく、本当に同一人物が表現しているようには思えなかった…。そういう面でも、まるで映画のように感じられた。
それと Live Viewing、初めてだったけど楽し過ぎた。会場の熱気を感じられるのはさることながら、カメラの至近距離で叫んだ女性の方の声が入ってしまったときなんかは、不覚にも私だけでなく周囲の観客も笑ってしまいました(笑)。
私はフィギュアスケートの技術的なことについてはさっぱりなのだが、羽生さんが他のスケーターよりも抜きんでており、格別に素晴らしいということは分かる。彼を初めて目にしたのはソチオリンピックのとき…、自身が中学生の時だったのだが、その当時から、かの選手は今まで目にしてきたどのスケーターとも異なる、至高の存在だと思っていた。…バレエをやっている男性陣ってあまり自分たちとは異なるジャンルの人たち(フィギュアスケート選手や新体操等々)を褒める印象がなかったのだけど、羽生さんに対してだけは違った。男性なのに何と柔らかく美しいのだと、もうべた褒めだった。ああ、美って性別を超えるんだなと実感したものだ。
(ちなみにバレエに限らず女性陣は羽生さんに釘付けだったことを覚えています)
現役時代から彼の滑りは芸術的でうっとりするものだったが、引退後の “notte stellata” を始め、今回のアイスショーではその滑りと表現にさらに磨きがかかり、存在そのものが芸術、人間国宝のように思われた。
目を閉じて、音楽に乗りながら滑る……。
その姿はまるで、羽生さん自身が音楽と一体になっているようだった。なんでそれが可能なんだろうか…、本当に信じられない。地上でだって難しいのに、氷上で滑るなんて凄すぎる。その高みに到達するまでにどれだけの鍛錬を重ねてきたのだろう。
そのうえ、コンテンポラリーの表現ができるのも凄い。身体能力いったいどうなっているんだ…。最近バレエ界(特に欧米)ではコンテのほうが流行っているけど、いまいち自分にはその魅力がわからなかった。だけど、羽生さんを観ていて(いや、羽生さんだからなのかな)、ようやくその魅力が分かった気がする。氷の上をダイナミックに滑ることで世界観を表現するのも美しいけれど、自身の肉体ひとつで音楽の情感を表現するというのも芸術そのもので心を動かすものなのだと気付いたからだ。
羽生さんの今――「REALIVE」――は、さらに進化し続けている。だからこそ、希望や勇気をもらえる気がする。先述した第二部の新しい演目では色を表現したとのことだが、そのメッセージを踏まえ、明日から、そしてこれから先、自分の周りに広がる「色」ないし「世界」にももっと目を向けて、今を、そして一日一日を大切に過ごしていきたい。本アイスショーはそう思える素晴らしい時間だった。
他にも、懐かしい『Otoñal』の演技など綴りたいことは山のようにありますが、今回はこのくらいにしておきます。
最後に、アイスショーに携わった皆さま、本当にありがとうございました!おかげさまで、また明日を生きる勇気をいただけた気がします。
次回作も楽しみにしております!(去り際に『White』と聞いたらもう観るしかないよね(笑))