こんにちは、今回は雑感の回ということで、
社会や日常に対するただの感想をつづりました。今回は、東京マラソンについて取り上げたいと思います。(以下、文体が変わるのでご注意ください!)
一般財団法人東京マラソン財団は、2月17日にその公式サイトにて、今年3月1日に開催される予定であった「東京マラソン2020」の一般ランナーの参加を中止することにした。新型コロナウイルスの感染が国内で広がっていることが理由だそうだ。
当該財団は代替措置として、「東京マラソン2020」に参加を予定していたランナー(エリート除く)対象で、
・翌年の東京マラソンに出場することを認め、
・翌年にエントリーするときは別途参加料の入金が必要であり、また、
・「東京マラソン2020」の参加料及びチャリティ寄付金は返還しない、とする旨の告知をした。
今回、身近な知り合いから、「東京マラソン中止に伴う参加費を返還しない旨の決定は、参加者に対する詐欺にあたらないのか?」という質問を頂いたので、ちょうどホットな話題であるし、法律の勉強がてらここに考えを記していきたいと思う。
刑事、民事それぞれ検討していく。
1.刑事事件
詐欺罪(刑法246条1項)
「人を欺いて財物を交付させたものは、10年以下の懲役に処する。」
詐欺罪の構成要件的行為の基本構造は、
①欺く行為により、
②被害者又は被害者の財産につき処分権限を有する者が錯誤に陥り、
③錯誤に基づいて財物が交付され、
④財物が行為者または第三者に移転すること
である。①~④の間には因果関係が必要とされ、詐欺罪の構成要件的故意として、これらを認識することが要求される。①~④の途中で因果関係が切れた場合、最終的に実行行為をしていたとしても、未遂となる。
(故意のほかに不法領得の意思も必要。詐欺罪の故意は、他人の財物を騙取することの認識をいう。不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物とし、その経済的用法にしたがい、これを利用又は処分する意思をいう。)
以下、構成要件の解釈について記述する。
〈①欺く行為〉
欺く行為とは、財産的処分行為(交付行為)に向けて人を錯誤に陥らせる行為をいう。
つまり、相手方がその点に錯誤が無ければ財産的処分行為をしなかったであろう重要な事実を偽る行為であると解されている。
※欺罔行為が財産的処分行為(交付行為)に向けられたものではない場合、詐欺罪は成立せず、窃盗罪(235条)となる。
たとえば、職場や学校で、「さっきあなたのことを上司(先生)が呼んでいましたよ」と嘘をいって相手を別の場所へ移動させ、その隙に相手の財布を盗む行為。
→これは、相手が行為者(加害者)に対して財布を渡すという処分行為に向けられた欺罔行為とはいえないので、詐欺罪ではなく窃盗罪が成立する。
欺罔行為の手段・方法に制限はなく、不作為でもよい。ただ、不作為による欺罔の場合、判例は、法律上の告知義務が必要であるとしている(ただ、この義務は信義則を根拠とするなど広い範囲で認められている)。
また、欺罔行為といえるか否かは、客観的に判断される。
不作為による欺罔の例(信義則上の告知義務に反する例)
e.g.)・銀行に誤振込み(誰かが誤って自分の口座に振り込んだ)があった場合に、その事実を隠して預金の払戻しを請求する行為(最決平15・3・12)
・売主が釣銭を渡すときに釣銭が多いことに気が付いた(主体は自分)にもかかわらず、余分の釣銭を受け取る行為【釣銭詐欺】
(なお、受け取ったあとに気が付いて余分の釣銭を返還しない行為は占有離脱物横領罪(254条)となる。)
挙動による欺罔、これは作為ということなので、通常想定する欺罔行為である。
e.g.)・飲食店で注文主が、又は旅館で宿泊客が、支払意思がないのにその事情を告げずに単純に注文又は宿泊する場合、その注文又は宿泊行為が欺罔行為である。(大判大9・5・8)
・代金を支払える見込みも意思もなく商品買受けの意思表示をしたときには、注文行為自体が作為による欺罔行為である。(最決昭43・6・6)
次に欺罔の程度について。
経験上一般に人を錯誤に陥らせ、相手方をして行為者の意図する財産上の処分行為をさせる性質のものとされる。したがって、虚偽や事実の秘匿であっても、信義誠実に悖(もと)る程度が大ではなく、商取引の慣行として是認できる程度のものであるときには、そもそも欺罔行為とはいえず、本罪の構成要件に該当しない。
〈②錯誤〉
錯誤とは、観念と事実の不一致をいうが、詐欺罪における錯誤とは、財産的処分行為をするように動機づけるものであれば足りる。
〈③財物の交付行為(処分行為)〉
処分行為があるというためには、被欺罔者の瑕疵ある意思に基づいて財物の占有が終局的に移転したことが必要である。これが認められるには、被欺罔者に占有移転の認識(処分意思)必要。
〈④と関連すること〉
・実行の着手時期
行為者が欺罔行為を開始した時点。
・既遂時期
欺罔行為によって相手方を錯誤に陥らせ、財物を交付させたこと。両事実の間に因果関係が必要。
詐欺罪は財産罪の一類型であるから、財産的損害の発生が必要となる。財産的損害の内容については、財物を交付したこと自体が損害であると解する。したがって、実行行為者は、財物の取得について、相当対価を支払っていたとしても、本罪の成立を免れることはできない。
帰結
一般財団法人東京マラソン財団による、東京マラソン参加費1万6200円を参加者に返還しない行為に詐欺罪(246条1項)が成立するか。
一般財団法人東京マラソン財団(以下、主催者とする)は、そのエントリー規約にて「9. 地震・風水害・降雪・事件・事故・疫病等による大会中止の場合、また参加料の過剰入金・重複入金の場合、返金はいたしません。」と定めており、事前に参加者に対して大会中止による参加費を返還しない旨を告知している。参加者はこの規定を承諾して参加費を主催者に対し支払っているのであるから、主催者が大会中止決定をし、それに付随して参加者に対し参加費用を返還しない行為は、参加者が参加費を交付するという財産的処分行為の基礎をなす重要な事実を偽る行為である、「欺」く行為に当たるとはいえない。
そのうえ、参加者は参加費を支払う意思決定をするに際して、社会通念上、大会が主催者の責めに帰することのできない事由によって中止になることは想定の範囲内であり、参加者としては、そういった事態に備えてあらかじめ、これから支払う参加費が返還されるかどうか確認するだろうことは容易に想像できる。したがって、参加費を支払うことについて錯誤に陥っていたと認めることはできない。
以上より、主催者の上記行為は詐欺罪の構成要件である「欺」く行為を充足しないので、詐欺罪は成立しない。
2.民事訴訟
詐欺(民法96条)
「詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。」(1項)
詐欺による意思表示の要件は、
①相手方又は第三者からだまされること
・沈黙も欺罔行為になり得る
②それにより錯誤に陥ること
・要素の錯誤に限らない
・通常は動機の錯誤であるが、内容の錯誤であってもよい
③錯誤によって意思表示すること
④相手方又は第三者に故意があること
→相手方又は第三者に、錯誤によって意思表示させようとする故意が必要である。
効果は、被欺罔者は①~④の要件を満たすと、自分のした意思表示を取り消すことができる。
〈取消し〉
一方的な意思表示によって、有効な法律行為の効果を初めから無効にさせること。
取消しの効果は、
・当該法律行為は初めから無効となる(121条本文)。
・取り消されると、相手方から給付を受けた当事者は、不当利得に基づく返還義務を負う(703条、704条)→4月より改正民法が施行されるので、こちらを適用するとなると、不当利得ではなく、原状回復義務を負うことになる(121条、121条の2)。
・原状回復義務について。金銭を返還するときは、その受領の時から利息を付さなければならないかについては、今後の解釈にゆだねられる(cf.解除(545条2項、3項))。
帰結
東京マラソン参加者は主催者に対し、参加費1万6200円の償還を内容とする原状回復請求(121条の2第1項)をできるか。
この点について、参加者と主催者間の契約が、詐欺を理由とする取消しにより遡及的に無効となるかどうか検討することになる。
詐欺の要件は、①相手方又は第三者からだまされること、②それにより欺罔に陥ること、③錯誤によって意思表示すること、④相手方又は第三者に故意があることである(96条1項)。
本件では、主催者は大会の参加者を募集する段階において予め、疫病をはじめとする主催者の責めに帰することができない事由により大会中止となった場合には、参加者に参加費用を返還しない旨を定めた規約を提示している。そして、かかる2月において国内では、有効な治療法が未だ発見されていない新型コロナウイルス感染症に罹患する人が続出しており、この感染症は、飛沫感染と接触感染によって人から人へうつることが確認されている。このような事態は、大会中止事由の疫病と認定されてもやむを得ないものである。したがって、かかる事由によって主催者が下した中止の判断は、参加者をだましているということはできないので、要件①を満たさない。
以上より、詐欺の要件を欠いているため、参加者は詐欺にあったとはいえず、詐欺を理由とする契約の意思表示を取り消すことはできない。
よって、原状回復請求は認められない。
*ただし、消費者契約法によって、契約無効→121条の2第1項に基づく原状回復請求を主張する方法が考えられる。
→不当条項の無効(法8条、9条、10条)(契約を結ぶこと自体には問題はなくても、契約内容を事業者が一方的に定めていて、次のような消費者に不利な場合)
・一方的に消費者の利益を害する条項
・債務不履行の一部もしくは全部の免責条項
・不法行為の一部もしくは全部の免責条項
・瑕疵担保責任の全部の免責条項
・契約解除に伴う損害賠償等の平均的損害を超える分
・金銭債務の遅延損害金の年利14.6パーセントを超える分 など
消費者が契約を取り消すことができる期間は、誤認に気づいた時、あるいは困惑から脱した時(=追認できる時)から1年以内(契約の時から5年を過ぎた時にできなくなる)。
このように縷々説明してきましたが、以上雑感でした。