カテゴリー: 歩き旅雑記

山の辺の道歩き~北コース②~

 前回の記事では、山の辺の道 北コースの中間地点となる八坂神社までの道のりを紹介したので、今回はその後半となる、八坂神社~春日大社(近鉄奈良駅・JR奈良駅)までのルートを綴ろうと思います。

 なお、山の辺の道の概要については、前回の記事である「山の辺の道歩き~北コース①~」をご参照ください。

【ルート③】八坂神社~白毫寺

 中間地点の八坂神社で参拝を済ませた後は、てくてくまっぷの通り、広い道を左へと折り返しました。そこから下り道となります。まっぷによると、この辺りは眺めがよいそうなのですが、いまいちよく分からなかったです(新しい橋を建設する予定なのか、周囲は工事中の景色となっていました)。

 折り返してすぐの所で万葉集歌碑(第七号)を発見しました。道中の歌碑がこれで最後なのだと思うと、それまで歩いてきた道の行く先々で歌碑を目にするたびに「次はどのような歌に出会えるのだろうか」といったささやかな楽しみが生まれていた分、少し寂しく感じられました。

万葉集歌碑No.7(クリックして表示)

高圓(たかまと)の 秋野のうへの 朝霧に 
妻呼ぶ雄鹿(をしか) 出(い)で立つらむか
― 大伴家持 巻20 4319番

【訳】
高円の秋の野を流れる朝霧の中に、妻を求めて鳴く雄鹿が、今出で立つだろうか。
参照:万葉百科 奈良県立万葉文化館
(注)秋は鹿にとっては求愛の時期である。朝霧の中に響く牡鹿の甲高い鳴き声に対し、古(いにしえ)の人は秋の物悲しさを感じた。先の歌はその寂しい心情を歌っていると思われる。

 まっぷでは、万葉集歌碑を過ぎた後はそのまままっすぐ歩き、山の辺の道の道標(二つ目)の少し先で右に曲がるようなのですが、どうも道が分かりにくく少し迷ってしまいました。しかし来た道を引き返して歩いた場所をしばらく観察してみたところ、道標があるのを発見したためそこで右へ折り返しました。

道標で右へ折り返す

 改めて写真を見返すと、何をどう迷うのだと突っ込まれても致し方ないほどに、とてもわかりやすい場所に道標が立っているのがわかります(笑)。ただ、その当時工事現場に気を取られていたこと、及び道標が思いのほか小さかったことも相まって気が付かなかったのだと弁明しておきます。

 問題はその後なのですが、病院へ至る道まではなんとか分かりました。

 小川にかかる小さな橋(まっぷでは「なかのはし」という名称)を渡り、細い道を道なりに歩いていくと道標があったので、「白毫寺(びゃくごうじ)」と示す方向(左方向)へ進みました。程なくして、右側に福祉施設(まっぷでいう「病院」)が見えてきたので、まっぷ通りに歩けているという確信がありました。…それまでは、の話ですが。


 しかしそこから、歩けど歩けど次なる山の辺の道の道標(※)が見当たらず、野や畑が広がるのどかな風景から、終いには個性的な住宅が立ち並ぶ広い通りまで出てきてしまいました。

※ 実は一か所だけありました。病院を少し進んだ先の進行方向右手のコンクリート壁に「山の辺の道」という文字と矢印が描かれた小さな案内板があったのですが、その先は柵で閉ざされていました(ただし道は続いているようでした)。
 また、今回はてくてくまっぷと逆方向に進んでいたため、案内板は来た道を示しているとも考えられ、従ってよいものか分からず道なりに進み、迷ってしまいました。

上図の青いルートをまっすぐ進んだ先、突き当たりにある道標

 まるで海外の住宅地のような、片側に家々が整然と並ぶ道を不安になりながら延々と歩いた先に山の辺の道標を見つけたときは、ああ、このルートも一応間違いではなかったのだなと安堵しましたが、一度まっぷの正規ルートから外れると道標が少なくなるために迷うことが多くなりました。


 高等学校付近まで行くとファミリーマートの看板を発見し、それを手がかりにてくてくまっぷの示すルートへと戻ることができたのですが、正規ルートへ戻ってから、自分がかなり遠回りをしていたのだと気が付きました。絶対にまっぷのルートの方が短くて済んだではないか、と心の中で思いましたが、それにしても病院の近くにある道標、そしてまっぷの示すルートはいったいどこにあったのでしょうね…。もしやあの案内板のことだとしたら、柵を開けて進めるか試してみる価値はありそうですが、今となっては分からずじまいです。

 コンビニまで来れば、あとは細い方の道に入ってまっすぐ進むだけです。道標と「白毫寺」と書かれた石標が立っていたので、そこで右へ曲がり、そのまま進みました。
 白毫寺の手前にあるお地蔵様に手を合わせた後、看板のある麓から何十段もあると思われる石段を登りきり、ようやく山門に到着しました。

【白毫寺でのひととき】

 そして山門から先にも石段が続いており、まだあるのか~と思いつつ、何とか登り切って後ろを振り返ったときの感動たるや…。あまりの素晴らしさに、暫しそのまま立ち尽くしました。

 高円山の西麓から見晴るかす、柔らかな空色の下にどこまでも広がる奈良の平野に、大阪との境を隔てる山並み。

 写真だけでは到底伝え切れないため、ぜひ一度足を運んでみていただきたいです。階段は大変ですが、登った先にしか見えない素晴らしい景色が待っています。

白毫寺登り口
*白毫寺(クリックして表示)

白毫寺(びゃくごうじ)は、奈良県奈良市白毫寺町にある真言律宗の寺院で山号は高円山。本尊は阿弥陀如来。元々その地には天智天皇の第七皇子、志貴皇子(しきのみこ)の離宮があり、その山荘を寺としたと伝えられている。なお「白毫」とは仏の眉間にあり光明を放つという白く細い渦巻状の毛のこと。

 
 境内へ入るには受付で拝観料(500円)を支払う必要があるのですが、中を覗くとおじいさんがうたた寝をしていました(笑)。
 起こすのもせっかくの良い夢を妨げてしまうようで申し訳ないし、かといって無賃で足を踏み入れるのも道徳的にまずいしでどうしたものかな、としばらくの間その場に留まりました。そういえば自分より先に中へ入ったご夫婦はどうやって入場したのかな、などと考えを巡らせていると、おじいさんがようやく目を覚ましたので、なんとか正式に入ることができました。

 本日初めての来客だったのでしょうか、私が入場したタイミングでおじいさんが本堂や宝蔵の鍵を開け、中を開放してくれました。宝蔵におさめられている仏像はどれも素晴らしかったです。特にご本尊の阿弥陀如来坐像を目にしたときは、なんだか心の奥まで見透かされている気がしたといいますか、次第に心が穏やかになっていくような不思議な気分になりました。

 2月初旬に行ったので有名な五色椿を見ることは叶いませんでしたが、早咲きの桜が花開いていてとても綺麗でした(庭を管理している方が熱心にお話ししてくださったのですが、結局品種が何であったのかは失念してしまいました)。それと境内の藪のなかに潜んでいた茶色いトラ猫が可愛かったです。


【ルート④】白毫寺~春日大社(~JR奈良駅)

 
 白毫寺を下って道標のある場所まで戻ると、右に曲がって進みました。新薬師寺までの道中には塀に囲まれた古い家々が連なる一角があり、どこか懐かしい風情を感じながら歩きました。

途中にある道標

 基本的にはまっぷ通りに進めば迷うことはないのですが、鏡神社(南都鏡神社)付近で一瞬どの方向へ進んだらよいのか躊躇しました。まっぷでは右折しているので、赤い鳥居(比賣神社、ひめかみしゃ)の右手にある細い道へ進みました。
 そのまま直進するとやや広い通りに突き当たったので、そこで右方向へ歩き、空也上人旧跡はどこかと思いながら左へ曲がって春日大社前の広い通りへ出ました(どうやら私は1つ目の角で曲がってしまったらしく、空也上人旧跡はもう少し進んだ先にあったようです)。

*空也(くうや)上人といえば、六波羅蜜寺のあの銅像の人物ですね。踊念仏の一遍上人と並び、私が日本史の中で好きな人物の一人です。なんだかこの世にどうしようもなく疲れたときなどに空也上人らを思い起こすと、遠い昔には道端で念仏を唱えながら踊り狂っていた酔狂な人物が居たくらいだし、何とでもなるか~などと元気を貰える気がします。……等と閑話でした。

 さて、「ささやきの小みち」はどこにあるのかと周囲を探してみましたが、いまいち分からなかったため、ええい、もういっそのこと春日大社も見てみたいし敷地内に入るか!ということで大社敷地内へと足を踏み入れました(※)

※ 「ささやきの小みち」は春日大社敷地内にあるため、写真の入り口から入るルートで正しいようです。

 入ってすぐのところで神の使いとされる鹿が出迎えてくれました。鹿って奈良公園にいるイメージがあったのですが、こんな奥まった場所にもいるものなのだと少々驚きました。とても優しい目をしていたので、暫し見つめ合った後、先へ進みました。それ以降、てくてくまっぷのことは一旦頭の片隅に置いておき、観光を楽しむことにしました。

 春日大社の神聖な森の中を歩いていくと、いったいどうしてそのような形になったのか想像さえ及ばない、不思議な形をした木々を多く目にしました。樹齢何十年、いや何百年もありそうな荘厳な巨木や御神木も多く、悠久で神秘的な雰囲気に包まれる感じがしました。

 二の鳥居へ近づくにつれ人が多くなり、神秘性も影を潜めていきましたが、石灯籠の間や参道など至る所に鹿の姿が見え(それも観光客と同じくらい沢山!)、普段なら人の多い場所に苦手意識を持つのですが、この時ばかりはその混沌とした雰囲気を愉しむことができました。

2月の若草山

 本殿でお参りした後にやっぱり原始林にも行ってみたくなったため、その道筋を探しつつ歩き回っていると、若草山を臨む通りまで出てきました。その風景を目にした途端、ふと過去の懐かしい記憶が甦りました。その昔、ちょうど同じくらいの季節に高校の修学旅行で訪れた場所だったのです。そのため以前訪れたお店をもう一度訪ねてみたくなり、原始林は次の機会へまわすことにしました。

 修学旅行で柿の葉寿司を食べたのは刀鍛冶のお店二軒のうちのどちらかなのですが、内装などを見ても断定できず、とりあえず最初に入った方で思い出に浸りつつ「かのこ」まんじゅうを購入しました(帰省後自宅でその当時購入した切れ物を確認したところ、もう一方のお店であったことが判明いたしました…。かのこまんじゅうは美味しかったです)。

実際に歩いたルート

 束の間休憩した後、その通りをまっすぐ進んだ先で左へ抜けて奈良公園内を歩き、大宮通りと呼ばれる、飲食店と観光客のひしめく道を進み、さらにそのまま興福寺や奈良県庁前を通過すると、ようやく、まっぷの目的地である近鉄奈良駅が見えてきました。

 しかし何となく奈良駅から大阪方面へ戻りたくなったため、近鉄の駅を目前に左へ曲がり、商店街の中をしばらく歩き、やがて三条通りへ合流しました。近鉄からJRまでは距離にして1km弱なのですが、一日中歩き通していたこともあり、体感時間は実際の道のり以上に長く感じられました。

 「ああ、ここが高市総理のお膝元なのか~」などと思いながら、整然としつつも情緒ある通りを延々と歩き、ようやく奈良駅に到達しました。時刻はちょうど16時を回ったところでした。これでようやく北コースを歩き切ったという達成感を胸に、大和路線で帰路に就きました。

【所要時間】

 中間地点の八坂神社から春日大社までは約1時間半、若草山からJR奈良駅までは休憩していたこともあり、1時間ほどかかりました(ちなみに最短距離だと3km弱なので、半分くらいの時間で着くのではないでしょうか)。今回は新薬師寺や興福寺といった南都の古寺には立ち寄りませんでしたが、もし立ち寄るのであれば、先述した時間よりももう少し余裕を見ておくと良さそうです。
 したがって、山の辺の道の北コース――起点である帯解寺駅から終点の奈良駅まで――は、大凡4時間半かけて歩いたことになります。

 機会があれば、帯解寺駅から石上神宮までの区間(北コースの残りの部分)も歩いてみたいのですが、大阪からだと時間の都合上せいぜい10kmほどが限界で、そうなると天理駅に立ち寄ることになってしまう何せ天理駅には寄りたくないので、今後もし歩くとするなら、奈良に泊まって北コース全体(約20km)を歩くのが良さそうだな~などとあれこれ考えております。

 今回は以上となります!少しでも参考になれば幸いです。皆さまの旅が楽しいものとなりますように。

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モモンガ日記編集者。 担当は、法律、政治、経済、その他

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